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ガルテン〜私の庭物語
8 平等院庭園の模型
2018年4月19日
原田 美佳 原田 美佳 [はらだ みか]

東京都出身。学生時代から長年関わった韓国文化院を2015年末に退職。現在は、日本ガルテン協会の広報部長の仕事をしながら、これまで関わってきた韓国文化を日本に紹介するための著作、交流活動を中心に自分のライフワークを模索中である。共著書に『コンパクト韓国』(李御寧監修)、『読んで旅する韓国』(金両基監修)、「朝鮮の王朝の美」、『朝鮮王朝の衣装と装身具』などがある。
▲ 平等院 阿弥陀仏と灯籠
 博物館実習の卒業制作で、博物館を作ってみるというテーマがあり、「庭園博物館」を選んだ。
 チームを組んで簡単な模型を作ることもできたが、ちょうど東京ディズニーランドがまだできて珍しい頃で、東京ディズニーランドのようなテーマパークのように、日本庭園を時代ごとに見れる「日本庭園博物館」があったら楽しいだろうと思い立った。

まずは、テーマや時代で分類してみた。始めてみると、テーマ以前に対象となる日本庭園をピックアップしただけでもかなりな数となった。雪月花、わびさび、武士道、禅宗・・・手におえないほどの質量で、時間がかかった。パターンを決めて、資料を作ることにしたが、結局、ほぼひと夏は、図書館で資料集めなどをすることになった。
 一方、課題である一部屋を再現するという制作であるが、10円玉にも描かれていて、誰でも知っている平等院庭園を作ることとした。平等院がある宇治は『源氏物語』の舞台であり、京都からそれほど離れていない平安時代初期から貴族の別荘が営まれていた。

この頃の人々は現世では救われても、来世ではどうなるかという不安にかられて、未来仏である阿弥陀仏に救いを求めた。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠んだ藤原道長でさえ、法成寺で九体の阿弥陀如来の手からムラゴの糸を手に巻き、往生したといわれる。平等院はその道長の子、藤原頼通が寺院に改めた寺である。
平等院の鳳凰堂の横には三途の川でもあるといわれる宇治川が流れ、混沌とした現世と西方浄土、極楽浄土が繫ながる。蓮の花が咲く阿字池の前には、今にも飛びたとうとする鳳凰の形をした鳳凰堂を中心とした浄土式庭園が広がる。棟上に一対の銅製の鳳凰が羽ばたく阿弥陀堂の中央には定朝作の阿弥陀仏像が置かれ、51体の雲中菩薩が舞う極楽世界となっている。阿弥陀仏の御顔は前にある八功徳水の池に映え、対岸から拝見できるようになっている作りである。

平等院は、かなり精巧なキットを見つけたので楽勝と思ったのだが、建物だけでは日本庭園の表現とは不十分と思われた。そんな平等院庭園の模型作りの方は、建物を組み立てたもののその後は慣れない作業の苦難の連続だった。
池を作るのに、池底を青にしてボンドをかなり流し込んだら数日してもなかなか乾かないと、建築学科の知人にぼやいたら、厚いビニールを敷けばいいと笑われた。周囲の松などの木々も材料を買って針金細工で内職をしているようだった。
リビングのテーブルに麻布を貼る前のキャンバス板を置いてその上に模型を作っていたが、テーブルを占拠していることもあり、家族も総動員で手伝うこととなった。
ああでもない、こうでもないと、さんざん話をしながら手を動かし、冬までかかって作り上げた。

とくに妹が一人で熱心に阿弥陀堂の前の灯篭を作り、その後も平等院にいくと妹の灯篭と呼んでいた。3.11の翌日、父のアトリエに地震で落ちたものの片付けにいくと、上の棚にこの模型がまだ残っていた。なぜか、この妹の灯篭がぽろんと落ちていて、こんなに小さなものだったかと、父と弟と大笑いした。

 やっと完成した!と、食堂のテーブルの上に模型が出来上がったときは達成感もあり満足だったのだが、この模型提出の難関は、この後だった。持ち上げようにも上に平等院庭園が載っている。どうやって運ぶか、まったく考えていなかった。玄関の戸との幅もぎりぎりで、車にそろっと乗せた。揺れないように押さえながら、弟に安全運転で大学まで送ってもらった。教室に運ぶのもひと苦労だった。挙句に集めた資料集がA3版で、5cmほどの厚さになり、重いことこの上なかった。
教室を見渡すと、片手でも持てそうな軽そうな模型がぽつぽつと置かれていた。
授業後、すぐに採点されて返された。私にしてみると、大作であったが、採点させられる方はたいへんであったと思う。

卒業制作では、模型作りは初めてのことが多く、資料作りでも多くの人にお世話にもなった。学生時代の楽しい思い出のひとつである。それが今、庭園を通じて日本文化を考える日本ガルテン協会の仕事もすることになるとは、このときは思いもよらなかった。人生は思いもよらない発展があるものである。
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