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縁の下のバイオリン弾き
170 群衆の中の孤独
2020年2月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ イシ
昨年末、知人の結婚式に出席するため、アメリカ東部を旅行した。ニューヨーク、コネチカット、マサチューセッツ、メイン州を回った。東部はもう何十年となく訪れていない。古い友人たちと交歓できて楽しかった。

ある友人からこんな話を聞いた。その人の妻の弟、彼には義弟に当たる人が病気で全ての記憶を喪失してしまったのだという。

記憶喪失は小説や映画ではよく使われるトリックだけれど、現実にそういうことがあるということを知ったのははじめてだった。病気は脳膜炎の極めて珍しい症状だそうだ。

記憶喪失の物語は数々ある。しかしそれにかかる人はたいてい独り者で、しかもその症状は一時的なものであることが多い。また、比較的若い人ばかりだ。そうでなければ物語に差しさわりが出る。

しかしこの義弟は50代の家庭人で、企業の重役として活躍していた人だった。妻と子供たちとで円満な家庭を築いていたのに、突然一切の記憶が存在しなくなったのだ。

それがどれだけ非情な状況であるのか、私には想像すらできない。会ったこともない女が自分の妻だと名乗り、同じく見も知らない餓鬼どもを自分の子供だと思えと要求される。それだけでも混乱の極致なのに、回復のメドはまったく立たない。

しかもこの人は会社から解雇されてしまったのである。それを不当だとして今も裁判で争っているそうだが、現実に記憶をなくしてしまっている人が発病以前と同様に機能できるかというとそれは大変難しいんじゃないかと思う。

日本語には「来し方行く末」という言葉があるが、その「来し方」が全く欠落してしまったのだ。将来を考えることなど不可能ではないだろうか。でも義弟はその不条理を現実のものとして受け止め、その時点から新たに生まれた人として戦わざるを得なかったのだ。どんなに勇気がいったことだろう。

小説や映画と違い、話は個人の問題だけですむことではない。たった一人の人間でも、その社会的な影響は思いもよらないところまで波及する。

私はその人の身になって考えることができないから、同情はしてもどのようにしてその話を受け止めるべきかということすらわからなかった。けれどこういったことは他人事(ひとごと)ではない。いつそれが自分の身にふりかかってくるかわからず、もしそうなったら誰にも理解してもらえないのだ。

我々は「孤独」という言葉を色々な意味で使うけれど、これこそ究極の「孤独」ではないだろうか。

これに匹敵する「孤独」に、「ある民族の最後の話者」というカテゴリーがある。これは少数民族がだんだん死に絶えて行って、最後にただ一人が残る、という話だ。当然ながらその民族の言語は失われる宿命で、その最後の一人だけがその言葉を知り、話す、ということになる。

一人になってしまえば、もうその言語を使って会話する相手もいない。頭の中で架空の相手あるいは自分自身と話すことを空想しない限り、その言語の役割は終わってしまっているのだ。しかも、架空の相手との会話なら、実際にその言葉を発話することもない。

これは孤独だろうと思う。でも、この状況は珍しいことではない。ユネスコの発表では2009年2月の時点で、世界で約2500の言語が消滅の危機にあるとされている。10年後の今日ではその多くが消滅してしまったのではないだろうか。アイヌ語などは消滅の一歩手前の「極めて深刻」という事態になっている。


1911年にカリフォルニアで発見された通称「イシ(1860?〜1916)」というアメリカ先住民はまさにそのような存在だった。極めて小さな部族に属していたイシは白人による虐殺を生き延びた最後のヤヒ族だった。彼は英語を学び、人類学者や言語学者の研究に協力し、自身の文化と言語を記録として残したが、彼の死によってその言語を生きた言葉として話すものはいなくなった(ちなみに、イシを研究した学者の娘がSF作家として著名なアーシュラ・K・ル=グィンで、その作品にはイシの世界観が投影していると言われる)。

イシはそれまで白人との接触は全くなく、その部族に伝わる叡知で人々を魅了したが、白人が新世界にもたらした結核によって亡くなった。

アメリカではそういう風に多数の先住民文化が風前のともしびという状況にある。アメリカ合衆国ばかりではなく、南北アメリカ大陸諸国で、いや世界中で同じことが起こっているのだろう。


私は時々、自分が記憶喪失の患者であったり、文化の最後の体現者であったりするような錯覚を抱く。

日本を出てから50年経つ。その間に日本に住んでいる日本人なら誰もが記憶しているような物事が私の記憶からはすっぽり抜け落ちているのだ。新聞などを通じて知識として知っていても、生身の体験として思い出すことができない。それはちょうど、記憶喪失の患者が全ての記憶を失って、新たに学びなおさなければならないのと同じようなことではなかろうか。

卑近な例だけれど、卒業50年の同窓会のためにお金を振り込む、という必要が最近生じた。日本の友人に聞くとその振込先と言うのが、コンビニなのだ。コンビニにいかなければならないのでは私は振り込むことができない。ところがそれは間違いで、海外在住の人間は「ゆうちょ銀行」に振り込んでくれ、と言ってきた。その「ゆうちょ銀行」がわからない。「ゆうちょ」は郵便貯蓄の略だろうとは想像がついたが、「ゆうちょ銀行」とはなんだろう。それより何より、金を振り込む必要があれば、ネットでクレジットカードを使えばすむことではないか。私の大学だけのことかもしれないが、えらく前近代的なシステムに思われた。

そんな風に日本に帰るとわからないことがいっぱいある。政治向きのことはさておき、スポーツ選手の盛衰や流行曲の消長など、何一つ知らない。阪神大地震や東日本大震災の国民的といっていい悲劇を肌身に共有した記憶として持っていない。地下鉄サリン事件もそうだ。ましてテレビで人気のある番組、それから派生したしゃれや身振り、アイドルの名前など、何にも知らない。カラオケで歌ったこともない。

芸能界のことなど知らなくても困らない、と言うことは簡単だ。でもそれを知らないと広い意味での馬鹿話ができない、と言う場合が多い。そして馬鹿話ができない、と言うことこそ、記憶喪失者がもっとも困ることではないかと想像される。と言うのは、人間は仲間うちで馬鹿話に興ずる関係を築いて初めて余裕のある生活を送ることができると私は常々考えているからだ。家族や仲間には、事新しく関係を確認しなくても、共通の磁場として理解し合えるものがある、という感情が絶対必要なのだ。その理解を確認するものが馬鹿話であり、それによって人々は自分の居場所に落ち着くことができる。

私の場合、もっとも近しい関係の妻はアメリカ人で、簡単な会話をのぞいて日本語を解さない。日本人の友人もいるけれど、数は多くない。そしてこれはとても大事なことだと思うのだが、長年外国にいると日本語を忘れる傾向が出てくる。そうなると日本語の会話にもたびたび英語をはさんでしまう。そのような会話はもはや日本人の普通の会話とは認められない。

そこで私は日本語を忘れないように特別な努力を払わなければならなくなる。まず必要なのは頭の中で日本語で考えるようにすることだ。何しろ四六時中英語を話しているのだから、頭の中でも英語で考えた方がたやすい、という場合が多い。その時でもつとめて日本語で考えるようにしている。それから日本語の本をよく読む。幸いにして、私には大学図書館があるから、日本語の本に不自由しない。日本の映画やテレビを見ることができればもっといいのかもしれないが、私は現在そういう手段はとっていない。

また私は日記や備忘録を日本語で手書きする。漢字を忘れないようにするためだ。コンピューターを使うと、自身忘れてしまっていても、機械が変換してくれる。それは便利だけれど、特に国外にあっては常に漢字を失う危険と隣り合わせだ。

忘れかかった言葉があれば面倒がらず常に辞書を引く。漢字の書き順もそのためのサイトで確認する。英語で言葉が出てきても、それを裏打ちする日本語の単語が今一つ確かでない時は英和辞典を引く。

今はコンピューターの中に辞書があるけれど、ちょっと込み入った事柄になるとそういう辞書ではとても間に合わない。

つい最近、「婿(むこ)」という漢字は意味が男なのに何で女へんがついているのかという質問を知人から受けた。私も知らなかったので、「大漢和辞典」を引いた。婿という字はあるけれども、本当は「壻(せい)」と書くのだ、ということを学んだ。「胥(しょ)」は才能のあるものという意味、それに立派な男という意味の士偏(さむらいへん)をつけて、いやが上にもいい男と褒めたたえたのであった。婿という字は女(むすめ)と才能のある男を合体させた字で、結婚を表しているのだろう。

そんなこと、知ったからといって何の役に立つわけでもないけれど、そういう手続きをあえて取る、ということが私自身には大切なのだ。

こういう努力は、あるいは矛盾しているかもしれない。英語(あるいは移住先の言葉)で話して英語で考え、日本語を忘れるにまかせた方が遥かに楽な人生なのだ。

何のためにそんなにも日本語を維持することにこだわるのか。そのエネルギーを使ってもっと英語に集中した方が得策ではないかと思わないでもない。外国に住むと、必然的に日本語か、その国の言葉か、という選択を迫られる。

何のことはない、アメリカ先住民の場合と同じく、最後の話者に近いということではないか。

イシの場合は彼の背中に何千年も続いた民族の文化がすべて背負われていた。私はそんな重荷は到底背負えないし、背負うつもりもない。でも外国にいると、いやでもなにがしか「日本を代表している」という気持ちになるものである。言葉だけでも恥ずかしくないようにしようと思っている。


それは孤独といっても、寒風の吹き荒ぶ中にただ一人立っているような孤独ではなく、「群衆の中の孤独」だということができる。周りに人はいっぱいいるけれど、私と同じように行動し、私と同じことを感ずる人間はまずいない、という状況だ。

音楽を奏している時などに、突然、「これだけ人がいるけれど、私がついさっき塩ジャケと梅干しでお茶漬けを食べてからここに来た、なんて知っているものは一人もいないんだなあ」なんて考えることがある。もちろん彼らが夕食に何を食べたのか、私にはわかるはずがない。

アジアの東の果てからやってきた私がアメリカ西部のカリフォルニアでヨーロッパの西の果てアイルランドの音楽を弾いている不思議に打たれる。

彼らの記憶と私の記憶は違うのだ、と思わざるをえない。では日本人としての集合的な記憶を故国の人々と共有しているか、というと、もちろんそんなことはない。そこに広がるのは空虚だ。

それを実感することは恐怖以外の何物でもない。記憶喪失の恐怖、最後の話者の恐怖は(程度こそ違え)、これに似たものではないかと思う。

でもそんなことを言ってみても始まらない。あの記憶喪失の義弟と同じように、勇気を出して明日に立ち向かうほかはない。


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