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縁の下のバイオリン弾き
176 AOC
2020年8月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ AOC

民主党の新人下院議員にアレクサンドリア・オカシオ=コルテスという女性がいる。現在30歳で、2年前に当選した時は女性として歴代最年少であった。名前が示すようにヒスパニック系で、父母ともにプエルトリコ人だが、彼女自身はニューヨークのブロンクスで生まれ育ったきっすいのニューヨーカーだ。

民主社会主義者を自称し、すぐ革新派として有名になった。その政策の詳細ははぶく。名前が長いので、メデイアでは頭文字を取ってAOC と呼ぶことが多い。私もその書き方を使わせてもらう。

本稿第164回「多様性」でトランプ大統領に「いやなら国へ帰れ」と言われた有色人種の女性議員のことを書いたが、その4人の中の一人がAOCだ。アメリカ生まれなのだから「国へ帰れ」と言われる筋合いはないのだが、有色人種であることからトランプに暴言を吐かれたのだ。


そのAOCが7月20日に議事堂前の長い階段を登っていると、上から政敵・共和党のテッド・ヨーホー議員(白人、フロリダ選出、65歳)が降りてきた。AOCを認めるや、彼女の面前に指を突き出し、あんたは「恥知らず」で「クレージー」、「頭がおかしい」危険人物だと言い立てた。AOCが「失礼ね!」と抗議すると「失礼?おれが失礼だと?あんたの方がよほど失礼だ」とあざけった。

AOCは彼に取り合わず、議事堂に入って用件である投票を済ました。出てくるとヨーホーはまだ階段の途中にいて、その前には新聞記者が何人かいた。そこでまたやりとりがあり、ヨーホーは一歩階段を下ったところで「XXXX!」と捨てゼリフを吐いた。

ここにXXXXと書いたのは、その元の英語を書くのがためらわれるからだ。

といっても私はお上品ぶってそれを書かないのではない。日本でその言葉をマネして使うものが出ることを恐れるのだ。

日本には罵る言葉が他国に比べて少ないと思うけれど、だからといって日本人がいついかなる時でも礼儀正しいということではない。現在日本には30種を超える「ハラスメント」があるそうだが、それは、「ハラスメント」という便利な言葉ができてやっとその本質をとらえることができた、という態度や行動による暴行なのだ。

そういうハラスメントが多いのは自慢にならないけれど、私は「日本語には汚い言葉が少ない」ということは大事だと思っている。日本が世界に誇っていいことだと思う。ところが現在の若者にはこれが気に入らぬらしい。といって新しい罵言を創造するほどのクリエイティビティはないので、外国の真似をして中指を立てる。いわゆる「F…word」である。

この「中指を立てる」というしぐさがいつ頃から日本に入ってきたのか私は興味がある。2003年の金原ひとみの小説「蛇にピアス」に出てくるから、おおよそ20年ぐらいの歴史はあるのだと思われる。そのしぐさの意味がヨーホー議員の言葉の前半であり、後半は「めす犬」である。

日本語でめす犬と言っても日本にはそれを女性に対する罵言に使う習慣がないから、頭ではひどい言い方だと解っても、英語の持つ圧倒的な迫力にはとうてい理解が届かない。まして「中指」と一緒とあっては、おしとやかな日本人にはすさまじすぎる悪口だ。

その場にいた新聞記者がその言葉を聞いてすぐにネットで記事にした。当然大問題になる。ヨーホーは翌日下院の議場で謝罪にならぬ謝罪をした。

「私はニューヨーク選出の同僚に対して、新聞に取り上げられたような言葉を言ったことはない。もし私の言い方が曲解されたのであれば、その誤解に対して謝罪したいと思う。私には妻もいれば二人の娘もいる。だから言葉遣いには敏感な方だ。あんな言葉は決して使わない云々」。

彼は前述のようにAOCの前を半ば通り過ぎてからその言葉を口にしたので、なるほど彼女に「対して」、つまり面と向かってそれを言ったのではない。ここが巧妙なところだ。それに、謝罪はそもそも人間にするもので、「誤解に対して」謝罪するとは全くの逃げ口上だ。要するに謝りたくないのだ。

翌日AOCは登壇してヨーホーに反駁した。

「2日前にヨーホー議員が国会議員である私に対して言った言葉はこれです(とはっきり言ってみせる)。場所もあろうに国会議事堂前の階段で、信じられないことでしたが、私はその侮蔑の言葉はやり過ごすつもりでした。なぜなら私はニューヨークの労働者階級の出身で、あのような言葉には慣れているからです。ウェイトレスをしていた時にも同じようなことを言われましたし、バーテンダーとして口汚いお客を店からつまみ出したこともあります。

私はニューヨークの路上を歩きましたし、地下鉄にも乗りました(常に車に乗る生活をしていたのではない、ということ)。そういう環境ではあのような言葉は日常茶飯事です。どんな形でか、どんな言い方か、どんなやり方か、またどんな時と場合であるかということに関係なく、女なら誰しもこういう言葉にさらされた経験があるはずです。だから、「またか」というぐらいのことでした。

こんな言葉遣いは決して目新しいことではありません。でもそれこそが問題なのです。

この国はこのように女性に対して暴力を振るい、暴力的な言葉を投げかける男性で満ちあふれているのです。この国最高のポストについている人が、そのような言葉を女性に対して使い、しかもそれを自慢すらしているのです。

しかしながら、昨日ヨーホーさんの「謝罪」を聞いて、これは聞き捨てならないと思いました。ヨーホーさんは妻子がいるということを自分を守る盾にしています。これは許せません。私は家に帰って、姪やその友達の少女たちや、言葉の暴力の被害者や、その他あらゆる女性たちに、こんな「謝罪」でいいのだ、とか、沈黙する外に受け止め方はないのだ、とか思わせてはならないのです。

ヨーホー議員の言葉は女性を人間として認めない、ということです。そしてそれは社会のパターンと化しています。すべての女性が犠牲者なのです。

権力や地位やお金があっても、母や姉妹や妻や娘がいても、なんの後ろめたさも感じず、女性を平気で侮辱する人はいるのだ、ということを世界に知らしめたという点で私はヨーホー議員に感謝したいと思います。

私はヨーホー議員の末の娘さんより2歳若い。他人の娘を侮辱してもいいと思っている男は自分の娘のことをどう考えているのでしょう。ヨーホー議員の行動は、世の男たちに、自分の娘を侮辱しても構わない、という許可を与えたも同然ではないでしょうか。

私自身も誰かの娘であることを忘れないでください。父は幸いにしてもう亡くなりましたので、ヨーホーさんが私をどのように扱ったか、目にせずにすみました。でも母は昨日のヨーホーさんの「謝罪」を聞いて、侮辱の上塗りを耳にするはめになったのです。

私は父母の娘として、男性からこのような虐待を受け、それを黙って受け入れる、というような教育は受けておりません」

「舌鋒(ぜっぽう)火を吹く」とはこのことだ。私は一瞬ヨーホー議員の妻や娘たちが気の毒になった。

AOCは声を荒らげることも、大げさな身振りを交えることもなく淡々と話した。しかし彼女のスピーチはヨーホーの尊大な、傲慢な男性上位の思い上がりを一刀のもとに切って捨てた。


ヨーホーはAOCの聞き間違いだとテレビで弁解したけれど、いかんせんそばに新聞記者がいて、確かにその言葉を聞いていたのだから始末が悪い。時代劇ならお奉行様が「動かぬ証拠。おそれ入れ」で一件落着とするところだ。

AOCは「その言葉」をスピーチの中ではっきりと言い切った。神聖なるべき国会の議場でこの言葉が発音され、後世に伝わる議事録に載った。これは合衆国始まって以来の[快挙?珍事?不祥事?(一つ選んでください)]である。

翌朝のテレビや新聞はそのことで持ちきりだった。セクハラやMe Too運動が世の関心を呼んで久しいにもかかわらず、なぜこんなことがいまだに起こるのか、というのが一般の反応だった。

AOCもスピーチの初めに「これは文化の問題です。こういう行為が何のとがめも受けず、社会に横行しているのです。」と強調している。「沈黙が女性蔑視を助長しているのです」とも。

もうそうなると、テッド・ヨーホーが何と言ったか、などはどうでもいい。アメリカ中の女たちの男に対する恨みつらみ、悔しさ、怒り、もどかしさ、などが一丸となって爆発したように感じられた。


私はつくづく思った。アメリカの偉いところは社会が進んでいる、ということではない。実際進んでいない。でも、こういう人が出てくるところがすごいのだ、と。

私が子供の頃、欧米は「レディファースト」に象徴される女性を優遇する社会だと思われていた。アメリカでは女がいばっている、などと言う通念があった。騎士道精神なども喧伝された。

しかし1977年にアメリカに来てみるとどうも様子が違う。80年代はフェミニズムの運動が盛んだったけれど、盛んだったと言うことはその運動を起こす必要が十分すぎるほどあった、と言うことだ。

レディファーストなんかうその皮、形骸化した表面上の習慣に過ぎない。アメリカも日本同様、オヤジの世界だった。それが40年経って、やっとMe Too運動が起こり、Black Lives Matterの運動が起こったのだ。

そして私はだんだんに、女性の地位はもちろんだが、そもそも社会自体に問題がある、と思うようになった。AOCは「こういう女性蔑視が社会に充満している」というけれど、それは逆で、この社会が悪口雑言に満ちているからこそ、女性蔑視はなくならないのだ。

私の頭の中には、少なくとも一定以上の地位を保っている大人は汚い言葉を口にしない、という常識が根付いていた。なぜならそのような行為はその「一定以上の地位」の品位を汚すからだ。

ところがアメリカ(だけでなく、ヨーロッパも)ではその垣根がない。どんなに地位が高かろうが、金を持っていようが、教養があろうが、男たちは4文字言葉と言われる罵詈雑言(ばりぞうごん)を口にして他人を攻撃する。ヨーロッパの貴族たちも、一皮剥けば庶民と同じで、口汚いことではヤクザに劣らない。

4文字言葉を口にしないような男はそもそも信用できない、などと言われる。

不幸にして英語ではそれが性的な表現になっていることが多いから、したがって女性に取っては抑圧的に聞こえるし、それが女性に向けられた時はことさら女性の地位をおとしめる効果を持つ。

AOC は単に言葉遣いについて注意を促しただけじゃないか、と思われるのならそれは違う。ヨーホーのような男が今まで社会を牛耳ってきた。それに対する根本的な異議申し立てだ。


今年2020年は大統領選挙の年で、ただでさえ節目の年なのに、アメリカはコロナウィルス世界最悪の感染地と化し、死者は15万人を越えた。大恐慌時代よりもひどい経済の大暴落に見舞われている。大統領は惨敗をおそれて選挙を先延ばしにしようなどと、民主主義を根本から揺るがす独裁をもくろんでいる。

今がこの国が生きるか死ぬかの瀬戸際だ。アメリカ人が、アメリカ社会が、あらゆる意味で変身しなければ、生き残ることはおぼつかない。この危機に際して、AOCというリーダーが出現して、アメリカ人に警鐘を鳴らしてくれてよかった、と思うのは私ばかりではあるまい。

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