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縁の下のバイオリン弾き
167 亡友を悼む
2019年11月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 歌川芳虎「武州横浜名所図・亜里利加(アメリカ)美女」(1860年)
やぎ肉のカレーを食べながら思い出していた。一月足らず前に亡くなった友人トーマスのことだ。

ベジタリアンになった時に(あれは2年ほどしか続かなかった)、彼に聞かれた。

「肉が食べられなくなって、何が一番食べたいと思った?」
「やっぱり羊肉だね。いや、もっと食べたいのはやぎだ。沖縄にはやぎ肉の料理があるそうだけど、ぼくは食べたことがないから、食べるとしたらカレーか、ビリヤだね」

ビリヤというのはメキシコのやぎ肉のシチューだ。Birriaと書く。ハリスコ州の郷土料理だそうだが、多分もう全国に広まっているのだろう。ティファナに行くとビリヤは市場の食堂などで売っている。私が好きなのはビリヤ専門店だ。そこではビリヤ以外何も売っていない。大きな丼に入ったビリヤにシラントロ、つまり日本でいうパクチーをたっぷり添えて供する。

こういう話をしても、すぐになんのことかわかる人は多くない。メキシコ人の労働者を使ってアボカドの農園を経営しているトーマスは、当然のことながらメキシコの文化に詳しいから、ビリヤはよく知っている。

それだけではなく、トーマスはイギリス人で、羊肉を好む文化を持っている。イギリスではやぎはたぶん食べないのだろうけど、羊もやぎも似たようなものだ。

彼は若い時ピース・コア(平和部隊)でアフリカ東部、タンザニアで農業指導をしたことがあるから、あの地域のインド文化にも理解があっただろう。やぎ肉のカレーも彼にとって決して珍しいものではなかったと思う。異文化に対して偏見がない人だった。


亡友は雨宮和子さんの夫で、二人と出会ったのは私がサンディエゴに来た1985年のことだからもう30年以上昔のことになる。私は日本人としても小柄な方なのに、彼は昔風に言うと六尺豊かな偉丈夫だ。しかも私は一介の日本語教師、あちらは農業といっても大々的に人手を使って農園を経営しているビジネスマンで、共通するものは多くない。どちらかと言うとしんねりむっつりしている私と違って、彼は陽気でおしゃべりだ。

でも我々には一つの共通するところがあった、と思う。それは、どちらも若い時から海外に出て、孤独な生活を送った時期が長かったと言うことだ。

幼い頃チリで暮らしたことがあったということだけれど、それは家族と一緒だった。彼がなぜ故国を離れてアフリカで、さらには南米のエクアドルやボリビアで暮らすようになったのか、私は知らない。もちろん貧しい農民を助ける、というのが表向きの理由だ。でも人間の行動は自分でもはっきりしない衝動によって左右されることが多いと私などは思っている(邪推かもしれないが)。正義感に燃えたからと言って、皆が皆、地の果て(彼から見て)まで行くわけではあるまい。

ビジネスで成功し、好伴侶を得て、幸せになった後も、時にその饒舌の合間にちらりと孤独の影を見せる時があった。饒舌はその影を隠すためのよろいだったのではないだろうか。


実に親切な人で、友人の不幸には本気になって心配した。私は2001年に医者の手違いで一緒にしてはいけない2種類の薬を誤って処方され、横紋筋融解症(rhabdomyolysis)という病気にかかった。これは筋肉が溶けてしまうという恐ろしい病気で最悪の場合死に至る。

最初身体中が痛んだと思ったら段々に手足の自由が利かなくなり、歩くことはおろか立つこともできなくなった。その内、話せなくなり、飲食物を飲み込むことが不可能になった。

私は語学の教師だからしゃべることができなくなったら死ななくたって一巻の終わりである。すぐに病院に救急入院した。大学病院だったから病院中の医者という医者が学生を連れて見学にやって来た。それぐらいまれな病気だった。

健康な身体なら何十という単位のはずの特殊な酵素の値が、私の場合は一万以上あった。

ある専門医は「治るには最低でも2年はかかる」と言明して私を絶望させた。2年の間大学が安月給を支給するとは思われない。路頭に迷うのも間近だ。

どうなることかと思ったけれど、妻のリンダの苦悩はもっと大きかった。彼女は大学に電話して、なんの補助も受けられないことを知ったのである。私が身体障害者になったり、運が悪ければ帰らぬ人になるなどは想像もできなかっただろう。

この絶体絶命の危機に、トーマスは財政支援を申し出てくれた。

今ここでこのようにそのてんまつを書いていることでわかるように、幸い私の病状はその後好転し、松葉杖をついて教壇に立てるようになった。今では全快している。だからトーマスの好意を受けずに済んだわけだが、その時の感激は忘れがたい。


そうやって生き延びた私がこのような文章を書くめぐり合わせになろうとは思いもかけないことだった。トーマスの死因は交通事故だった。交差点で赤信号無視のトラックに衝突されたのだ。一緒にいた雨宮さんは怪我をしたが命に別状はなかった。不幸中の幸いだ。


彼の77歳の誕生日のパーティーで、私はスピーチをした。77と2文字ですむ西洋数字と違い、漢字では七十七と、十の字を書かなければならない。これのどこが違うのか、ということが西洋人にはなかなかわからないからそれをまず説明した。そうしないと次のことが言えない。

七十七の三つの漢字を一緒にすると喜ぶという漢字の略字になる。それを紙に書いて示し、だから77歳の誕生日を「ハッピー・バースデー(喜寿)」というのだと解説した。

同時に百という漢字を書き、これから「一」をとったら漢字としては白になるから99歳の誕生日を「ホワイト・バースデー(白寿)」というのだと説明し、「だからトーマスにはあと22年生きてもらって、みんなでホワイト・バースデーを祝いたいものですね」と会場を沸かせたのがたった4年前のことだというのに。

彼は事故で2度も3度も大怪我をしている。そのたびに生き延びて来たのだ。運が強いのが当たり前だと思っていた。81歳といえば普通なら高齢の部類に入るだろうが、彼に限っては、こんなにも早くなくなるとは考えられもしなかった。


高齢といえば、トーマスは動物が好きで、中でもアフリカン・グレイ・パロットというインコを特に可愛がっていた。インコというものは長寿で、人間より長生きすることが珍しくない。主人が亡くなってしまって、彼はこれからどのように生きていくのだろうか。トーマスに(トーマスだけに)よくなついていて、その指から人間の食物を食べるのが常だった。

このインコは名前をタトゥーという。刺青という意味ではなく、スワヒリ語で何か良い意味の言葉だと教えてもらったが忘れてしまった。インコだから、人の言葉を覚える。しかしこのインコが覚えるのがトーマスの言葉だけで、それをトーマスそっくりの音声、完璧なクイーンズ・イングリッシュの発音でやられると、知らない人はびっくりする。夜になってトーマスが檻(おり)におおいをかけるとタトゥーは「グッドナイト、タトゥー」といったものだ。


トーマスは職業柄(彼の農園で働いている人はほとんどメキシコ人だ)、流暢なスペイン語を話した。その意味では私のロール・モデルだったと言っていい。この人がいなければ、私はこんなにも長い間、しつこくスペイン語に挑戦を繰り返すことはなかっただろう。また彼はアフリカや南米の文化について豊富な知識を持っていた。それはあるいはイギリスという国が過去に植民地に君臨して、すべて英語で押し通し、搾取していたことへの罪滅ぼしという意味があったのかもしれない。植民地的感性からは最も遠い人格で、不平等、不条理を憎んだ。メキシコの文化を愛し、メキシコ人を愛していた。


知り合ったばかりの頃、トーマス夫妻とほか二、三人で国境近くのテカテというメキシコ側の町にロデオを見に行ったことがある。ロデオというのはアメリカでは暴れ牛や荒馬に乗って、何分乗りこなせるかを競うものだ。アメリカ西部に深く染み込んだスポーツで、ウェスタン・カルチャーを代表するものと言っていい。

メキシコのロデオはもっぱら馬術を見せる。中でも印象に残ったのは女性がサイド・サドル(横鞍)に乗って馬を操るショーだった。

サイド・サドルは女性が馬に乗るために発明されたものだ。現在英国流の乗馬術では女性もズボンをはく。その方が合理的なんだけど、18世紀や19世紀の、まだ馬が本当に移動の道具だった時代には女がズボンをはくなんてもってのほかのことだった。そこで、スカートをはいたまま馬に乗る技術が開発された。

これは鞍に横座りする。馬の背中は結構広いから、横座りするだけならできないことではない。でもその馬が歩き出したら大変だ。ポクポクと馬の背骨が動くから、その振動でたちまち振り落とされてしまう。そのために鞍の片側に一方の足を引っかけるための突起をつけて、横座りしながらも身体が安定するように工夫された。

これだと優雅なスカートをはいていてもちゃんと馬に乗れる。乗れることは乗れるけれど、やっぱりおっかなびっくりで、早足で駆けさせるなどということは難しい。要するに貴婦人の乗馬だ。

それをこのメキシコのロデオでは妙齢の女子の一隊が、目にも鮮やかなドレスをまとい、テンガロンハットをかぶり、横座りのまま、ものすごいスピードで馬を疾走させる。そしてゴールまで駆けるとピタリと馬を止めてしまうのだ。

彼女らは様々な曲乗りを一糸乱れず披露してみせた。

私は大体サイド・サドルなるものを見たのも初めてで、そのサイド・サドルでこんな馬術が可能だなどとは思いもかけなかったから、その圧倒的な迫力に肝をつぶした。

満場の観衆はどっと歓声をあげる。女騎士たちは華やかに喝采にこたえる。

さすがのトーマスもこれには驚いたようだ。メキシコの乗馬技術はアメリカ西部の先輩で、男がやるならどんなすごい技術でも驚かないけれど、女がこれほど乗馬に長じているとは知らなかったのだろう。いや、本当は知っていたのかもしれないけれど、私は自分の驚きを拡張して、彼にも新鮮だったのだろうと勝手に想像した。トーマスには迷惑なことかもしれないけれど、トーマスというとこの時の印象が強く残っている。


日本からやってきた雨宮さんの先輩、I 氏が退屈しているのではないかとマグロ釣りに連れ出したのもトーマスだった。これは釣りマニア達がボートを借り切って一昼夜かけてメキシコ沖でマグロを釣るという豪壮なもので、トーマスはたちまち五、六匹釣り上げたが、肝心のI 氏は全然釣れなかった。同情したトーマスが自分の戦果の中から一匹を彼に与えてメンツが立つようにした。

マグロといったら大変大きなもので、これをI 氏と私とで時間をかけて解体し、刺身にしてパーティーのごちそうとした、というのも懐かしい思い出だ。


アメリカでは野菜や花の栽培に長けている人を「グリーン・サム(緑の親指)を持っている」と形容する。トーマスは本業がやしの木やアボカドの栽培だが、家庭でもトマトやズッキーニなんかをどっさり作っていて、彼の家に行くと気前よく「持ってけ、持ってけ」と分けてくれた。本当に緑の親指トムだ。

お掃除のおばさん、グロリアにトーマスが亡くなったことを話したら、「えっ、本当に…?」と絶句し「奥様はいかがですか。大怪我なさったのではありませんか。どうぞよろしくおっしゃってください。お目にかかったことはないけれど、セニョール・マヌエル(私のこと)を通じて、アボカドをいただいたことが何度もありましたから、存じ上げないような気がしません。悲しいですねえ」と涙ぐんだ。


雨宮さんにはまだ会っていない。メールや花は送ったけれど、それで悲しみをあらわすことができるとは思えない。彼女にはもちろんのこと、私にもリンダにもトーマスの死去が信じられないのだ。大切な友人を失って、まだ茫然としている。
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