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縁の下のバイオリン弾き
161 ビバルディ
2019年5月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ベネツィアにて
「ビバルディがあるのに、麻薬に手を出す必要があろうか」

           ――― ユーチューブの評語


香港に住んでいた6年半の間、私はステレオを持っていなかった。最初は間借りしていたからだし、郊外にアパートを借りてからも、ステレオはぜいたくだと思って、ついぞ買おうという気にならなかった。何しろ50年前の話ですからね。今とは考え方からして違うのだ。音楽を聴くときはラジオをつけた。

それでも私は2枚のレコードを持っていた。もちろんビニールの円盤だ。聴けもしないのにレコードを持っていてもしかたがないとは百も承知だったけれど、私はその2枚のレコードに愛着があったのだ。

一枚はピーター・ボグダノビッチ監督の映画「ラスト・ショウ」(“Last Picture Show”)のサウンド・トラックで、ほとんど全曲ハンク・ウィリアムスの歌だった(ハンクについては第38回「天使も踏むを恐れるところ」で書きました)。

私は日本にいた時、ハンク・ウィリアムスの歌をいつも聴いていたので、実際にレコードを聴けなくても何のさしつかえもなかった。

もう一枚はビバルディの協奏曲だった。ビオラ・ダモーレのコンチェルトが3つ、マンドリンのコンチェルトが二つ入っていた。

ビオラ・ダモーレと言うのは、古楽器に詳しい人ならご存知だけど、バイオリンの先祖のような楽器だ。バイオリンより弦の数が多くて(6本か7本)、その弦の下にさらに数本の金属弦が張ってある。これが弓で弦を弾いた時に共鳴して自然に鈴を振るような音を出す。実に美しい音を出すが、音量が小さいのが難で、大きなコンサートホールで弾くには適さないためにすたれた。

このレコードを日本から持ってきたはずはないから、両方とも香港で買ったのだろう。たぶん、毎日中国どっぷりの生活から逃れたくて、西洋のものを求めていたに違いない。それがアメリカのカントリーの歌とイタリアのバロック音楽という奇妙な取り合わせになったのだと思う。

2枚のレコードを実際に聴いたのは片手に満たない数だったろう。しかし私はビバルディの音楽が好きだった。クラシックではなかったけれどバイオリンを弾いたし、高校時代にはマンドリンも弾いたから、これらのコンチェルトには魅せられた。この2枚のレコードは今でも持っている。


それから50年。私はリンダとともにこの4月にイタリアを訪ねた。イタリアは 初めてで、ローマ、フィレンツェ、べネツィア(ベニス)、クレモナと回った。クレモナは北イタリアの小さい町だけれど、バイオリンを弾く人なら誰でも知っている。名匠ストラディバリがバイオリンを製作していた町だ。

べネツィアで音楽ミュージアムを訪ねた。ストラディバリを始め、アマティ、グァルネリなどの、見ただけでよだれが垂れそうなバイオリンが無造作にガラスのケースに入れてある。リュート、ギター、マンドリンもある。またポシェット・マンドリンという超小型のマンドリンがあった。「ダンス教師のフィドル」ポシェット・バイオリンについては第157回「オランダの絵」で書いたが、ポシェット・マンドリンというのは聞いたことがない。

もちろんビオラ・ダモーレも、ビオラ・ダ・ガンバ(チェロのように脚の間に置いて弾く楽器)もある。

私は久しぶりにビオラ・ダモーレの音色を聴いてみたい気がした。そこには売店があり、CDも売っている。アメリカ人の観光客と英語でやりとりしている若い女性に、その会話が終わってから、「ビオラ・ダモーレのCDありますか」と聞いてみた。

「そうですね。ビオラ・ダモーレは今のところこれ一枚しかありません」と言って出してくれたものはビバルディのコンチェルトを集めたものだった。

それを買いながら、「さっきのお客さんと何を話していたの」と聞くと「今晩この近くの教会でコンサートがあるんです。百人しか入れないんですが、まだ切符が余っているからどうですか、とおすすめしたんです」と言う。

全くの偶然だ。今回の旅行は美術館巡りとスケッチが目的だ。でも 旅に出る前に、できたらどこかで音楽を聴きたいとひそかに考えていた。そうはいうものの、どうやってコンサートの情報を手に入れるかもわからないし、めんどくさいから何もしないでいた。そこに飛び込んできたお知らせだ。こんな耳寄りな話はない。

「どんな曲目?」
「ビバルディの『四季』です。それとパガニーニが一曲」
「ぜひ切符を買いたい。いくらですか」
「一人30ユーロです。でもシニアは25ユーロ」
「僕ら二人ともシニアです」
「えっ、とてもそんな風には見えません。お若くていらっしゃるわ」
とイタリア娘のお上手に、二人はいい気分で切符を買った。

観光客は皆行くところだからご存知の方は多いと思うけれど、べネツィアでは車に乗ることができない。何しろ大小の運河が縦横に街を割っている。道はあることはあるけれど、細い小路が多く、橋には階段がついているのだから、もう始めから車という車が想定外なのだ。あとで知ったのだが、べネツィア人の運転には気をつけろ、とイタリアでは言われているらしい。しかもこの言い方は昨今できたものではなく、馬車の時代から定評だったのだそうだ。さもあろう。

前日ちょっと歩き回ってみて、これは容易なことではないと気がついた。気をつけていないとすぐ道に迷いそうだ。

それでまず会場となる教会を探した。このサン・ビダルという教会は確かに近くにあった。開演は9時ということだった。イタリアはシエスタ(昼寝)の習慣があるから、なんでも始まるのは遅いのだ、と聞いた。

そこからホテルに帰り着くまで、リンダは手帳に事細かに通りや広場の名前を記し、今晩また来る時のために道を間違えないように準備した。この道筋を逆にたどって会場までやってこようという算段だ。まるでヘンゼルとグレーテルだ。

その準備が役に立ったとは言いがたい。私がいい加減に「あっちの方角だってことはわかっているんだから、適当に歩いて行こうよ」などと言ったものだから、せっかくの丹念な調査が一瞬にして無駄になってしまい、そのあとはむやみやたらに歩き回って息せき切って会場に駆けつける始末。リンダは文句たらたらだった。

さすが伝統ある教会での演奏会だ。会場にはすでに長い列ができていて、コンサートは満員なのだということがわかる。中に入ってみると、この教会は演奏会場としてよく使われるらしく、1ダースぐらいのバイオリンが陳列してある。いずれも名のある製作者によって作られたものだ。教会自体が最初1084年に作られ、今あるものは1696年の建造だと書いてある。元禄時代ですね。


今夜演奏するのはインテルプレティ・べネツィアーニという室内合奏団だ。この名前は何と訳していいのか、ちょっと難しい。インテルプレテというのは「解釈するもの」という意味だから(ティという語尾は複数を表す)楽曲の正当な解釈者、という意味だろう。あるいは解釈する対象は音楽にとどまらずべネツィアの文化・伝統すべてを指すのかもしれない。

ともかくべネツィアーニとうたっているのだから地元の合奏団なのだ。日本語の解説によると日本にもよく行くそうだ。訳しようがなかったと見えて日本語では「べネツィア室内合奏団」となっている。

拍手に迎えられて登場した彼らは黒いシャツに黒いスラックスといういでたちだった。タイもしていない。リラックスした感じだった。

バイオリン3、ビオラ1、チェロ1、コントラバス1、それにチェンバロ(ハープシコード)1という構成で、バイオリン奏者の中から一人がソロをとる。

「四季」が始まった。「春」と「夏」を一人が弾き、「秋」と「冬」を別のバイオリニストが受け持った。

最初の一音から、私には天上の音楽と聞こえた。何しろ教会なのだから天井がやたらと高く、素晴らしいアコースティック効果を持っている。

べネツィアでべネツィアの楽団によるビバルディを聴く。ビバルディはべネツィア(当時は独立国)の作曲家だ。こんな幸福があるだろうか。

独奏者もすばらしかったけれど、チェロ奏者が、これは何というのだろうか、昔風に言えばケレン味たっぷりな演奏をした。思い入れがある、とも悪ノリしている、とも言える。彼は「四季」を熟知していることを示すため、他の奏者とは違い、全曲楽譜なしで弾いた。しかもその演奏が、ある時は瞑想しているようでもあり、ある時は表情豊かに首をかしげ、大げさな弓使い、チェロを愛撫しているかのようだったのが突然左腕いっぱいに突き放し、足を踏みならさんばかりの(いや、実際に踏みならした時もあった)激情を表現した。彼の技術的完成は疑いようがない。しかしここまでパフォーマンスをする必要があるのだろうか。

こういう傾向は私の考えではヨー・ヨー・マに始まる。と言っても若い人は彼以前を知らないだろうし、ヨー・ヨー・マが権威になっている現在、それがスタンダードになってしまったのも無理からぬことだが、昔のチェロ弾きというものは何の面白みもない四角四面の演奏をしたものだ。


私は「四季」という曲があんなに情熱的に演奏できるものだとは考えたこともなかった。室内楽というものが一般にそうであるように、ちょっと気取った、お上品な、物静かな音楽だと思っていた。ところがこの教会に座って彼らの「解釈」を聴いているうちに物狂おしいまでの興奮に駆られた。バイオリン独奏者が圧巻ともいうべき怒濤(どとう)の進撃で最後のパッセージを弾ききった時はすべての聴衆とともに酔ったように拍手喝采し、「ブラボー!」と叫ばずにはいられなかった。

そのあと別の協奏曲が2曲弾かれ、最後はパガニーニの超絶技巧で締めくくられたのだけど、私たちはそのどれにも堪能(たんのう)して教会を出た。10時半になっていた。

いくら夜が遅いといっても盛り場を除けばべネツィアの夜は暗い。当然通りの名前なんか読めないから(暗いばかりでなく老眼のせいでもある。特に私の場合は視力が落ちている)あてどもなくうろつき回るよりしかたがなかった。会う人ごとに「リアルト(盛り場の名前)はどっちですか」と回らぬ舌のイタリア語で尋ねてみても、みんな「あっちだよ」と手を振るばかり。そのうち人に会うのも稀になってくると、昼間はあんなに美しく見えた運河の風情ももの寂しく、よろい戸をたてた店々の前を通っても前に来た道であったかどうか思い出せない。

でも我々は幸せだった。こんな機会でもなければべネツィアの石だたみの夜道をエンジョイすることなどなかっただろう。ことさら物見高い外国人であふれている「世界の観光スポット」にうんざりしていたから、この孤独は貴重だった。

写真なんか何百枚とったって何にもならない。あとから見ることもないし、見たってそれがどこだったかも思い出せない。べネツィアに行きました、という証拠写真だというだけだ。だから私はこの夜の思い出を大切にしようと思う。私にはこれから何年たっても、この最高の瞬間を思い出せる自信がある。



注)合奏団の名前はInterpreti Venezianiです。この時のチェロ奏者はダビデ・アマーディオ(Davide Amadio) 氏です。教会の名前は Chiesa San Vidalです。今年の彼らの日本公演は10月です。



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