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縁の下のバイオリン弾き
184 ヒジャブとかつら
2021年4月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 完全武装したリンダ
去年、コロナウイルスの防衛のためにマスクをつけることが正式に決まった時に、妻のリンダはイスラム教徒のかぶりもの、ヒジャブをつけることを思いついた。ヒジャブは目出し帽のように頭全体をすっぽりと隠して目だけ見せる。

インターネットで調べると商業的に売られていることが分かったのですぐに注文した。マスクのように耳に紐をかける必要がないし、日光から肌を守る働きもする。このご時世、マスクの要望にこれほどピッタリくるものはない。

リンダは2着注文したので、私はその一枚を自分がつけるつもりにしていたのに、彼女は2着とも自分が使うのだという。交互に洗濯しなければならないというのだ。自分用に別に注文するという選択もあったけれど、まあ、もともと女のものだから、私はあきらめてマスクに戻ることにした。

リンダはヒジャブの上にサングラスをかけ、大きな帽子をかぶった。その格好で現在でも歩いている。

このいでたちにはいろいろな理由がある。まず何よりもヒジャブはマスクに比べて快適なのである。頭から布が垂れているだけ。帽子にはひもがついていて、人混みに行くときには彼女はこれをあごの下に固くしめる。それで下からのウイルスの侵入を防ぐ。サングラスは目の下の布を固定する役割を果たし、マスクでよくあるように、話している間に鼻があらわれてしまうことがない。空気感染するウイルスではこれは重要な点だ。

現今のアメリカではイスラム教徒に対する偏見が強く、ヒジャブだけで外を歩いたら思わぬ干渉を受ける危険がある。しかし帽子をかぶると印象が変わる。

宗教的な意味は全くない。だからそれをつけることは宗教の側からいえば冒瀆(ぼうとく)なのかも知れないが、ともかくこのヒジャブの選択は大成功だった。しかし私はヒジャブそのものに、なんというか、愛憎二筋の複雑な感情を持っている。

ヒジャブは日光の強烈な、砂嵐のふく砂漠の国で生まれたものに違いない。そういう国ではこれほど実用的なものはないだろう。

でも、それと同時に、女は必ずヒジャブをつけなければならないという風習は、女性を拘束するための手段でもあっただろう。要するに自分の女(妻、母、姉妹、娘)は世間に顔をさらしてはならないという、男の側からの強制だ。これは一種の支配欲に他ならない。

イスラム諸国でも国によって違うらしく、インドネシアのようにヒジャブをつけなくてもいいという寛容な国もあれば、アフガニスタンのように頭から足元まで全身を布(ブルカという)で覆い隠さなければならない国もある。

ヒジャブをつけていなければ、どんな男が彼女に恋してしまうかもわからない。いやいや、彼女だって自分の美貌が男たちにどんな影響を与えるかを知ればタダではすむまい。などという妄想を男たちが抱くから、それでいっそのこと顔を隠してしまえ、ということになったのだと思われる。

だから私はヒジャブをつけなくても暮らせるようにすることが女性の解放だとずっと思いこんでいた。

ところがアメリカに来てからその考えを変えざるを得ないことになった。ヒジャブはイスラムの女性たちにとって、信仰を表明するアイテムなのだ。アイデンティティを保証する行為なのだ。

アメリカに来たからといって、自分の個性の一部である服装を変えなければならないと考える必要はない。むしろ、異文化の中で自分を守るためのよろいのようなものだと考えれば、彼女たちがヒジャブに愛着を示すのも当然ではないか。

この観点からすれば、ヒジャブを非難することはできないだろう。ヒジャブを擁護することこそ、人道的だと言えるのではないか。

そんな相反する気持ちでヒジャブのことを考えていたのであるが、コロナ禍のアメリカで、私は面白い発見をした。マスクを強制されることに反対したのは大部分男だった、ということだ。いや、女でも反対の人は多かったと思われるけれど、少なくともテレビに出てきてマスク絶対反対を表明するのは圧倒的に男が多かった。

私の考えではマスクに反対するなんて意味がわからない。マスクは病気から自身及び他人を守るものであり、それ以上でもそれ以下でもない。そもそも賛成反対を問うものではない。必要だからつけるんじゃないか。なぜそれに文句を言うのか。

しかし彼らに言わせればこれは自由の侵害なのだ。マスクをつけるかつけないかなんて、その人個人の決定なのであり、人に言われてどうこうするようなものではないのだ。

だが、逆にいえばこれは彼ら男たちの既得権の主張ではないだろうか。アメリカの男たちは今まで「人に言われて」何かをしたという経験がないのだ(アメリカの女たちも同じだけど)。

しかしそれなら全イスラムの女性たちも同じことが言えるのではないか。彼女たちは男がそう言うからヒジャブをつけてきたのであり、それを自由の侵害ととらえれば、ヒジャブを投げ捨ててもいいはずだ。実際に1979年の革命以来、ヒジャブ着用が義務になっているイランで、最近になって街頭でヒジャブをはずして抗議する女性が出てきているという。

つまり、マスクはアメリカの男にとってのヒジャブだったのだ。それが我慢ならない、と言う男の気持ちは私にもよくわかる。男はそれだけ既得権としての自由の上にのうのうと暮らして、女に意に沿わない習慣を強制することに反省がないのだ。

何を言っているのだ、アメリカの男とアラブの女では全く話にならない、と言われるかも知れない。

しかし、地球上のあらゆるところで男たちは女を拘束してきたのだ。ヒジャブはその代表みたいなものだ。


女に顔を隠させる、と言うことはどこの国でもやっていたことだと思う。日本では花嫁の角隠しや綿帽子などが典型的だろう。西欧でもヴェールというものがある。ヴェールというと今では顔の透けて見えるような薄いものしか想像できないけれど、何かの正体が現れた時に「ヴェールを脱いだ」と表現することからもわかるように、元々は積極的に「隠す」ものだっただろう。

ボンネットというものをご存知だろうか。19世紀まで、西欧では女は普通の帽子の他にボンネットというものをかぶった。頭全体をすっぽり覆う首まで届く柔らかい布の帽子に長く、幅広いひさしがついたものだ。前から見るとそれほどとは思われないが、あごひもを結ぶとそのひさしが頬(ほお)まで覆う。それため、かぶると横がまったく見えない。友達のを借りてかぶったことのあるリンダによると、馬車馬の目隠しのように前方しか見えないそうだ。前に立たない限り、女の顔は全く見えない。それが元々の目的だったのだろう。

日本では江戸時代まで、女は結婚するとまゆを剃(そ)り、お歯黒(はぐろ)と言って歯を黒く染めた。これは女の顔を隠させる代わりに顔かたちを変えて男の所有権を主張するものだ。結婚前はそんなことをしないのだから、これほど「所有権」を形にして表すものもない。

中国では昔纏足(てんそく)といって女児の頃から足を縛って成長をとめ、小さい足にした。女性は成人してもよちよち歩きしかできないことになるのだが、それが美しいとされ、またしていなければ結婚も難しかったので(足が大きいと下層階級だとされる)、誰も疑問に思わなかった。その裏には、歩けないようにしておけば、逃げ出される恐れもないというたくらみがあったはずだ。


女は髪を隠さなければならないという掟も世界中にある。日本で「髪は女の命」という通り、髪はそれだけで美しいもの、魅惑的なものだった。だからこそ日本でも中国でも仏教の尼さんは頭を剃る。カトリックの尼さんは修道服の頭巾で頭全体を隠してしまう。

私は何年か前まで知らなかったのだが、正統派ユダヤ教では女はかつらをかぶらなければならないのだという。これがわからない。そんなの矛盾しているではないか。髪が魅惑的だからこそイスラムではそれを隠す。かつらでは隠したことにならない。見た目は同じだからだ。人工で髪を作れるようになった現在ならともかく、誰かの髪を植え付ける他なかった昔のかつらでは、自分の毛でないというだけで、その魅惑的なことは同じではないか。何のためにそんなことをしなければならないのか。

正統派の中でも超がつくような女性は髪の毛を全て剃って、そしてかつらをかぶるそうだ。

私はあまりの不思議に、そのかつらというのは見ただけでかつらとわかる、大げさにいえば歌舞伎の「連獅子」の獅子のかつらのようなものではないかとまで想像した。そうでなければかぶる意味がないと思われた。

ところが3年ぐらい前に “Disobedience”という映画を見た。題名は「不服従」「反抗」という意味。日本では「ロニートとエスティ 彼女たちの選択」という題で2020年に公開された。

この映画はロンドンの超正統派のユダヤ教徒コミュニティから抜け出してニューヨークに住んでいる女性が父親の葬式のために帰ってきて、昔恋人だった人妻と関係を持つ、という筋だ。同性愛の映画は珍しくないと思うかも知れないが、ここで描写される正統派ユダヤ教徒の慣習の重みが際立って印象的で、これが現代の話なのかと驚くほど息もできないがんじがらめの生活だ。「その」社会に反抗して愛を貫くことができるか?ということに焦点が当てられていて、力作だと思う。

意味不明な邦題も、3年もかかった公開も、日本では受けないだろうと考えられてお蔵入りにされたことを示している。

ともかくこの映画で私は初めて正統派ユダヤ教女性のかつらを見た。何のことはない、全く普通の女性のかつらであった。かぶっている女性を魅力的に見せる道具だった。

これでは混乱してしまう。妻のやることなすこと全てに戒律を強制する夫は、かつらをかぶった魅惑的な妻に不安を感じないのであろうか。感じないのであれば、地毛でもいいではないか。不合理にも程がある。と思っていたら、ニューヨークの正統派ユダヤ教徒と結婚した日本女性のブログを発見した。彼女によると夏のニューヨークではかつらは死ぬほど暑いそうだ。それだけでなく、かぶるにはベルトのようなもので頭をしめつけることが必要なために、四六時中頭痛に悩まされる。それでも彼女は4種類のかつらを所持し、それが快適でないために自分でかつらを作った、という。

でも因習に反抗してかつらを脱ぐ、ということは考えなかったようだ。大体、なぜそんな習慣が出来上がったのかという点についてはブログに何の説明もなく、ただその方がつつしみ深いとか悪の誘惑を防ぐとか書いてある。


イスラムのヒジャブも正統派ユダヤ教のかつらも、私から見れば女性を抑圧するものに他ならない。しかし誇りをもってそういうアイテムを身につけている人々に対してそれに反対することはできない。

「ユダヤ教の戒律に沿うファッション・ブランドを立ち上げた」というニューヨークの正統派ユダヤ教徒の女性たちの記事を最近読んだ。発売したらこれがユダヤ教徒の女性の間で人気が出たばかりではなく、イスラムの女性からも(国際的に!)引き合いが殺到したという。なるほどね、それはよくわかる。つまり、私の愛憎二つの感情を乗り越えて調和させるファッションを作り上げたのだろう。惜しいことにヒジャブやかつらはどうするのかまでは書いてなかったけれど。




文中で引用したブログはこちら

https://ameblo.jp/jewyorklife/entry-12614375247.html

https://heapsmag.com/mimumaxi-style




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