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僕の偏見紀行
259 今年も行きました、ベトナム(7)番外編
2019年10月8日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ホーおじさんの記念碑前の広場。周囲は新しい高層ビルが立ち並ぶ。夜は華麗なネオンに彩られる。
▲ 街のシンボル、市民劇場、オペラハウスとも呼ばれる。フランス統治時代の遺物。
▲ 観光客の集まるドンコイ通りに面して建つ古いビル。次第にこんな味わいのあるビルが少なくなっていく。レストラン、雑貨屋、土産物店、洋服店などが並び、買い物客が多い。
このシリーズの終盤を書き始めた頃、2019年9月8日の深夜、日付が変わる頃から翌日早朝にかけ、台風15号が僕が住む千葉県を直撃した。それは今まで経験したことのない激しい嵐だった。

この台風による停電騒動は僕にとって初めての経験で、災害にもろい日常生活の危うさを思い知らされた数日だった。エッセイのテーマとは異なるが、ぼくには忘れがたい体験だったのでここに記録を残しておきたい。

事前の予報は関東直撃の恐れありだったが、僕らは大したことはあるまいとたかをくくっていた。ところがそれはとんでもない思い違いだった。

用心のために耳栓をして寝たのだが、全く用をなさないありさまだった。大きなうなりとともに強風が雨戸を打ち、ガタガタという音とともに、はずれて飛んでいきそうだった。そしてそれが朝まで続いた。

夜が明けて暫くするとさしもの台風も駆け足で去って行き、青空が見えて来た。やれやれ大したことなくてよかった、とほっとしたものの、夜中から続く停電が回復しなかった。

幸いなことに、我が家の直接被害は庭の植木鉢がいくつかひっくり返ったくらいだった。その他は特に被害は無く、水とガスも無事だった。停電もそのうち終わるだろう、僕らは過去の経験からそう思っていた。

ところがそれはとんでもない早とちりだった。僕らは停電中の冷蔵庫からいつもの食材を取り出し、朝食の支度を始めた。停電して数時間は経過していたが、未だその時点では保存中の食材に何の問題もなかった。ほぼ普段通りの朝食を済ませた僕らは、あとは電気さえ元に戻れば万事解決すると楽観的に考えていた。

ところが時間ばかりが経過していくのに一向に電気が戻らない。一体いつになったら回復するのか、僕らはじりじりしながらひたすら待つしかなかった。間の悪いことに、台風一過の大空には真夏並みの太陽がぎらぎらと輝き、気温はうなぎのぼりに上昇していった。

停電して困るのは照明やエアコン・冷蔵庫だけではなかった。水道は使えても給湯機が起動せずお湯が出ない、トイレの水も流れない。その他、テレビ、固定電話もダメだった。

携帯電話やタブレット類での通信は当初は可能だったが、そのうち通信障害も起こるようになり、しかも携帯の充電も我が家では出来ない。

さらに辛いのはテレビの情報が入らないので、周りの状況が全く分からない。停電の回復見込みも分からずいらいらは募るばかりだった。

時間の経過とともに気温はますます上がり、家の中にいるのもつらくなった。そこで、近所の市民センターへ行ってみた。そこは停電していないので涼しかった。しばらくロビーや図書室で涼み、ついでに携帯類の充電をさせてもらった。

午後になると僕らと同じく、暑い家から避難してきた人たちが増えて来た。その人たちの会話の端々から周りの様子が大体わかって来た。停電はニュータウン全体で起こっているわけではないようだ。

なかでも気の毒だったのは、高層マンションに住んでいる人たちで、エレベーターが動かず、水も出ないという。トイレの水は一体どうするのだろう。

同じところにいても退屈なので、車で公園の木陰を探し回ったりして時間を過ごした。暑い中、炊事も出来ずその日の昼食も夕食も近くの食堂で済ませた。食堂やコンビニでも閉店中があったが、営業しているところが多く助かった。

日が暮れるとガラス戸や雨戸を開け放し、月の光を浴びつつ庭のムシの声をに聞く、という優雅な夜となった。しかし猛暑の夜は室内は30度以上あって、とても眠れるものではなかった。

こうやって2日間が過ぎ3日目の朝を迎えた時、息子から、これ以上は危険だから都内のビジネスホテルへ避難しろ、といってきた。もう今日には回復するだろうとは思ったが、さすがに3日目の夜をこのまま過ごすのは耐え難かった。

ここは有難く息子が手配してくれたホテルに脱出することに決めた。僕らは急遽都内への脱出準備にとりかかった。まず停電してまる2日以上過ぎた冷蔵庫を整理した。大量の食材を処分するのは辛いものがあった。

不幸中の幸いは、カミサン手造りの保存食品類がたまたま少なかったことだ。もしそういうものがたくさんあったら、この作業はもっと辛いものになっただろう。

停電2日目くらいから周辺の光景が変化した。スーパーやコンビニから、お総菜、おにぎり、あらゆる種類のパンが等が品切れとなった。そして食事時にはスーパーのイートインコーナー、食堂、ラーメン店、レストランは満員状態が続いた。

結局我が家のあたりは4日目の夕方には電気が回復した。その間は上記の食品関係以外のガソリンスタンド、コインランドリーにも客が殺到した。我が家も早朝5時頃、コインランドリーへ行ったが既に長い行列が出来ており、利用できなかった。

我が家は停電3日目に脱出できたから苦労したのは2日で済んだが、それでも大変だった。いつ回復するか分からないという不安とともに、猛暑の日々を過ごすのは今考えてもぞっとする。

この様な災害の中で、その当事者には全く正確な情報が伝わらない、といういこともよく分かった。役所の対応も鈍かったし、時折防災無線放送が流れていたが、全く聞き取れなかった。放送する側の人たちは市民にどのように伝わっているのか検証したことがあるのだろうか。

災害が起きたら自力以外に頼るものはない、僕はそのことを思い知った。そんな時、知人からそのお宅へ避難しないかと誘ってもらったのは嬉しかった。

以上で台風による停電騒動は終わり、ここから紀行エッセイに戻ります。

ベトナム紀行も今回で8回目、そのうち1度はカンボジア経由でベトナムへ来た。初回はバックパッカーに憧れ、2010年に初の海外一人旅で訪れた。2014年から今年までは、毎年ほぼ同じ時期、テトが終った頃に訪れている。我ながらよく何度も飽きずに来たものだ。

以前にも書いたと思うけど、ベトナムへ来るようになったのは沢木耕太郎のエッセイ「一号線を北上せよ」を読んだのがきっかけだ。それに加え、開高健のベトナム戦争下のサイゴンを描いた「輝ける闇」に触発されたことも大きい。

陥落前のサイゴンを見ることはかなわなかったが、初めて訪れた頃のホーチミンはアジア特有の熱気とエネルギーに満ちていた。

僕は、そこで出会った抜け目ないタクシーの運転手や市場で働く逞しい女たちに圧倒されるとともに、彼らが繰り出す鳥のさえずりにも似たベトナム語の響きにも魅了された。安くて旨い食事や豊富な果物、独特のベトナムコーヒーも病みつきとなった。

それが現在のホーチミンでは、いたるところに高層ビルが立ち並び、建設用の巨大なクレーンが林立するようになった。

来始めの頃、ホーチミンの人民委員会本部裏手の通りは閑散として人影も少なかった。僕はそこで若い二人組に危うくカツアゲされそうになったこともある。

走って逃げたから事なきを得たが、今ではその通りはレストランや土産物店などが並ぶ繁華街になってしまった。街は奇麗になり、快適になってきた。しかしベトナムらしさが年々失われていくのが少々淋しくもある。

欧米列強という、野蛮で卑劣な国々の侵略によって、長年不当な苦しみを強いられたアジアに、ようやく平和と繁栄の時が訪れようとしている。近い将来、アジアの国々のGDPはアメリカをしのぐようになるだろう。

縁あって何度も訪れるようになった国が大いに発展する姿を、僕はこれからも見続けたい。

しかし僕は来年75才になり、「後期高齢者」という差別的役人用語でくくられる身となる。かつて僕は「行くぞ地の果て、カネとチカラのある限り」などとほざいていた。残念ながら、年とともにその衰えも否めない。しかしその心意気だけは無くしたくない。

既に僕は、来年3月のベトナム行き航空券とホテルの手配を終えている。(終わり)
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258 今年も行きました、ベトナム(6)変わりゆくホーチミン
257 今年も行きました、ベトナム(5)路地裏カラオケと夜学
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252 神々の棲む島(9)土産を買う
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249 神々の棲む島(6)闇の中の叙事詩
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247 神々の棲む島(4)ウブドへ
246 神々の棲む島(3)続セミニャックの日々
245 神々の棲む島(2)セミニャックの日々
244 神々の棲む島(1)遠い国
243 ベトナム、あれから8年(5)リスとタマリンド
242 ベトナム、あれから8年(4)日本食堂と子供病院
241 ベトナム、あれから8年(3)沸騰ホイアン
240 ベトナム、あれから8年(2)トゥボン川のほとりで
239 ベトナム、あれから8年(1)あの頃僕は若かった
238 マカオ(3)大大大小小大小
237 マカオ(2)タイパ村そしてコロアネ村へ
236 マカオ(1)葡京酒店(ホテル・リスボア)
235 麗しの島へ(4)平渓線
234 麗しの島へ(3)古都台南
233 麗しの島へ(2)台南に降る雨
232 麗しの島へ(1)旅は青空
231 またもやベトナム(11)ホーチミンにて、チョコ そして・・・
230 またもやベトナム(10)ホーチミンの気ままな日々
229 またもやベトナム(9)ホイアンの日々
228 またもやベトナム(8)旧市街の娘たち
227 またもやベトナム(7)ホイアン到着!
226 またもやベトナム(6)凄腕支配人
225 またもやベトナム(5)ダラットの食堂
224 またもやベトナム(4)ダラット高原列車
223 またもやベトナム(3)アーティチョークはお好き?
222 またもやベトナム(2)はかない夢、ダラット
221 またもやベトナム(1)6度目のホーチミン
220 バンコクの12日間(7)折りたたみ市場
219 バンコクの12日間(6)DEATH RAILWAY
218 バンコクの12日間(5)「戦場にかける橋」
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215 バンコクの12日間(2)バンコク徒然
214 バンコクの12日間(1)哀しみの街へ
213 座間味島の夏
212 なぜかベトナム(10)ホーチミンでチョコを買う
211 なぜかベトナム(9)市場食堂
210 なぜかベトナム(8)ブラザーズ・カフェ
209 なぜかベトナム(7)ホイアン旅愁
208 なぜかベトナム(6)次はホイアン
207 なぜかベトナム(5)酷暑の村
206 なぜかベトナム(4)コーヒーの他は?
205 なぜかベトナム(3)バンメトートの衝撃
204 なぜかベトナム(2)コーヒーの他、何にもないところ
203 なぜかベトナム(1)シンチャオ!ホーチミン
202 ネパール出会い旅(11)旅の終わりのカトマンズ(下)
201 ネパール出会い旅(10)旅の終わりのカトマンズ(上)
200 ネパール出会い旅(9)カトマンズへ戻る
199 ネパール出会い旅(8)祭りの夜
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195 ネパール出会い旅(4)ナガルコット村へ
194 ネパール出会い旅(3)カトマンズ街歩き
193 ネパール出会い旅(2)礼儀正しく律儀な人々
192 ネパール出会い旅(1)カトマンズ到着
191 カンボジア紀行(5)ランドリーとバインミー
190 カンボジア紀行(4)ホーチミン
189 カンボジア紀行(3)トンレサップ湖
188 カンボジア紀行(2)アンコールトム
187 カンボジア紀行(1)同行3人、222歳の旅
186 メコンクルーズ(10)メコンのほとり、ノラと人間のパラダイス
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184 メコンクルーズ(8)王女の館
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182 メコンクルーズ(6)いざクルーズへ
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180 メコンクルーズ(4)ラオ ボーダー
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156 ミャンマー紀行(11)シャングリラ
155 ミャンマー紀行(10)憧れのインレー湖
154 ミャンマー紀行(9)ミングォン行きボートに乗って
153 ミャンマー紀行(8)マンダレー町歩き
152 ミャンマー紀行(7)熱風都市マンダレー
151 ミャンマー紀行(6)バガン、出会いと夕景
150 ミャンマー紀行(5)バガン、太陽と風
149 ミャンマー紀行(4)ニャウンウー村
148 ミャンマー紀行(3)ヤンゴン発06:10、バガンへ
147 ミャンマー紀行(2)ヤンゴン、祈りとライフル
146 ミャンマー紀行(1)漠たる不安
145 (続)南房総の空の下
144 韓のくに迷走記(7)恨(ハン)の五百年
143 韓のくに迷走記(6)全州韓屋村、路地裏の妓生
142 韓のくに迷走記(5)李成桂(イ・ソンゲ)の本貫、全州(チョンジュ)へ
141 韓のくに迷走記(4)仁寺洞、路地裏ホテル
140 韓のくに迷走記(3)水原で迷子になる
139 韓のくに迷走記(2)ソウル町歩き
138 韓のくに迷走記(1)今宵の宿は?
137 ベトナムの風の中で(9)旅の終わりのホーチミン
136 ベトナムの風の中で(8)フエ狂騒曲
135 ベトナムの風の中で(7)フエのアヤしいふたり連れ
134 ベトナムの風の中で(6)フエのアヤしいふたり連れ
133 ベトナムの風の中で(5)サヨナラ ホイアン!
132 ベトナムの風の中で(4)ミーサンの強面黒眼鏡男
131 ベトナムの風の中で(3)ホイアン町歩き
130 ベトナムの風の中で(2)いざホイアンへ
129 ベトナムの風の中で (1)旅の始まり
128 南房総の空の下
127 メコンへの旅(17)夕陽の中で
126 メコンへの旅(16)思わぬリスク
125 メコンへの旅(15)タマリンドの夜はふけて
124 メコンへの旅(14)ルアンパバンの路上にて
123 メコンへの旅(13)ルアンパバン上陸
122 メコンへの旅(12)メコンクルーズ
121 メコンへの旅(11)メコンクルーズ
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119 メコンへの旅(9)川を渡ってラオスへ
118 メコンへの旅(8)さよなら、チェンライ!
117 メコンへの旅(7)嗚呼!黄金大三角
116 メコンへの旅(6)国境の町
115 メコンへの旅(5)ゾウの背に揺られて
114 メコンへの旅(4)チェンライ!チェンライ!
113 メコンへの旅(3)山上の祝福
112 メコンへの旅(2)ア・ディ・イン・チェンマイ
111 メコンへの旅(1)チェンマイ到着
110 老いぬれば
109 アイルランド紀行(11)聖人と文豪
108 アイルランド紀行(10)人をつるす木もなく・・・
107 アイルランド紀行(9)アラン諸島へ
106 アイルランド紀行(8)ゴルウエーにて
105 アイルランド紀行(7)レプラコーンに気をつけて
104 アイルランド紀行(6)ダンロー峡谷
103 アイルランド紀行(5)ホテルをめぐる女たちよ
102 アイルランド紀行(4)MAN O’ WAR 
101 アイルランド紀行(3)タラの丘へ
100 アイルランド紀行(2)ダブリンの街歩き
99 アイルランド紀行(1)百敗して、なお・・
98 ベトナム紀行(8)駆け足バンコクそしてハノイ
97 ベトナム紀行(7)サヨナラ!「サイゴン」
96 ベトナム紀行(6)再びのホーチミン
95 ベトナム紀行(5)アンコール・ワットの空の下
94 ベトナム紀行(4)タイを追い出した町
93 ベトナム紀行(3)メコンデルタの森へ
92 ベトナム紀行(2)暑い!ホーチミン町歩き
91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
89 シルクロードの旅(12)風の城、アヤズ・カラ
88 シルクロードの旅(11)「博物館都市」イチャン・カラ、ヒワ
87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
86 シルクロードの旅(9)「愛の町」アシュハバード
85 シルクロードの旅(8)中央アジア最大の世界遺産メルブ遺跡
84 シルクロードの旅(7)未知の国へ
83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
80 シルクロードの旅(3)アレキサンダー大王が来た街
79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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