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僕の偏見紀行
243 ベトナム、あれから8年(5)リスとタマリンド
2018年8月22日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ホテルの朝食、タマリンドの街路樹とその奥に子供病院の建物の一部が見えている。
▲ タマリンドの実、この時期ホーチミンの路上でよく見かけた。
▲ 中央郵便局にて。手紙の代筆を長年続けて来た老人。ベトナム戦後は米兵への便りが多かった。テレビや雑誌にも登場した人物。
ホテルの朝食はいつもプール脇のオープンテラスで摂った。朝早く、日差しが差し込む前に行くと、爽やかな風が吹いていた。すぐ目の前には街路樹や子供病院の緑が広がっている。

朝早く行くのにはもう一つ訳があった。レストランには新聞が置いてあるが、日経新聞は一部しかなかった。タイミングが悪いと先客に先を越される。

ライバルは日系企業の駐在員らしい中年男、たまに先を越されて悔しい思いをした。この彼氏、食事中じっくりと新聞を読むのが趣味のようだ。もうこちらに来てもう長いのだ。きっと日本語が恋しいのだ。

ある朝、目の前の街路樹の中に動くものが見えた。目を凝らすと、リスだ。こんな都会の大通りの街路樹にまさかリスがいるとは思わなかった。

よく見ると何匹かいる。木々の緑をせわし気に出入りし、時には電線を伝って隣の木へ移動する。その後、ドンコイ通りでも電線の上をスルスルと走るリスを見かけた。

街路樹の緑のあちこちには、10センチくらいの細い筒状の実がなっている。色は茶色、やや湾曲してソラマメ等に似た形市営る。これはタマリンドだ。タイやラオスでもよく見かけた。東南アジアではごくありふれた樹木で、実の中に黒い種子が入っている。その果肉は甘酸っぱくそのまま食べたり、ジャムや調味料として利用される。

ラオスのルアンパバンには「タマリンド」という名のレストランがある。欧米人に人気の店で、毎週金曜日にはラオス料理の特別コースがあるが、前もって予約しないと席がとれないほどだ。勿論このレストランではタマリンドの調味料を使用し、お土産にジャムも売っていた。

僕は常々、東南アジア各国の料理が美味しいのは、このように多様な食材を駆使した手造り調味料にある、と思っていた。タマリンドに限らず、マンゴー、パパイヤ等の果物そして多種多様の香草や胡椒など、これらがアジア料理を美味しくしている。

調味料造りは、まずこれらの材料を石の鉢ですりつぶすことから始まる。これはどんな小さな食堂でも、例えば屋台などでも同じだ。僕は初めてその様子を見た時、これは何と贅沢なことか、と驚き感心した。

この時期、熟したタマリンドの実がたくさん路上に落ちている。ドンコイ通りへ歩く途中でも見かけた。茶色の細長い物体は、時としてイヌのウ〇コに見えることがある。

危うくそれを踏みそうになって、あわててよけたらタマリンドだった。この場合は特段何の問題もない。しかし逆の勘違いしたまま踏みつけたとしたら、とんだ災難に会うことになる。

こうやってホーチミンの日々は他愛もないことで過ぎていき、8日間の滞在などあっという間に終わりに近づいた。日本食堂の他にベトナム料理のレストランにも通った。ここは以前のエッセイでも触れたが、日本人経営の人気店だ。

やり手のビジネスマン風の主人と、時折姿を見せる中年のマダムの二人が経営者らしい。マダムも日本人で、二人はご夫婦だろう。従業員はベトナムの若者達で、今は更生しているが、かつての問題児たちという。全員真面目で礼儀正しく、きびきびとよく働く若者達だ。 

メニューの記述ミスが原因で僕が注文を間違えたことがあった。僕が苦情をいうと、チーフという若者が忍耐強く説明を繰り返した。明らかなミスだが、僕は彼の熱意に負け、適当なところで妥協した。

またある時、メイン料理にご飯とスープを頼んだ。ご飯と料理はすぐ来たが、一向にスープが来ない。僕はご飯とおかずと味噌汁、というイメージで注文したのでスープが来ないと困るのだ。

たまりかねて催促すると、すでに用意してあったようですぐに運ばれてきた。もう出来ているなら早く持ってくればいいのに。食事が終わると、マダムが僕らのテーブルに来て、ベトナムではスープは最後に出すことになっている、とやんわり話してくれた。なるほど文化と習慣の違いか、と僕は納得した。

時間があったので人気の観光スポットにも出かけた。サイゴン大聖堂や中央郵便局などに行ったが、どこも観光客で溢れていた。郵便局は本来の機能より観光客業に精を出していた。建物中はいたるところに土産物売り場設けられていた。

ホール中央のテーブルには、テレビや雑誌で見かけた老人が座っていた。字の書けない人や外国へ手紙を出したい人の代筆を長年続けて来た。戦時中米兵と仲良くなったベトナム女性が、帰国した米兵へ出す手紙の代筆で話題になった人物だ。

老人はテレビ取材時の写真などを取り出し見せてくれた。かなりの高齢に見えたが、今でも大きなカバンに筆記用具や便箋を詰めこみ郵便局へ通う日々を過ごしている。

彼は、多くの人々の様々な人生を垣間見てきた。たとえ短い手紙でも、他人の思いを代筆することは大変だったと思う。気のせいか、ポツリポツリ話す彼は少し疲れて見えた。

例年買うチョコレート、ベトナム茶や調味料、ハチミツ、コーヒーなどの買い物にも出かけた。スーツケースに収まるかどうか気になるが、帰国して後悔しないように、と沢山買い込んだ。

カミさんの洋服、雑貨等もカミサンなじみの店で買いそろえた。慌ただしくどこか淋しい旅の終わりの日々はあっという間に過ぎて行く。

思い返せば去年の今頃、僕はホーチミンのホテルで友人の訃報を受け取った。早いもので彼が逝ってから1年が過ぎた。悪い夢を見ているようで、今も実感が湧かない。人の出会いと別れはこんなにもあっけない。

久々にテレビで日本のニュースをチェックした。年初来の情けない政治スキャンダルが未だ続いている。明らかに誰かがウソをついているはずなのに、平然と言い訳を繰り返す恥知らずばかり。鉄面皮とはこのことか。財政が破綻に瀕し、政治システムが劣化した僕らの国。

いや、これは劣化したのではない。もともと我が国には、曖昧なまま物事を進め、問題が起きても当事者の責任を最後まで追求しない風土があった。

たとえば太平洋戦争における軍指導部の行動がそうだ。国際情勢に疎く、彼我の戦力差を客観的に判断する能力もなかった。

無責任極まりない楽観論・精神論で無謀な戦争を始め、数百万の国民を犠牲にした。しかしその責任を国民に対してとるものは誰もいなかった。

日本には真の民主主義は存在しない、常々僕はそう感じている。それは近代日本のスタートである明治維新が、市民による革命ではなく、体制内の、徳川と薩長の権力闘争でしかなかったからだ。

その結果、国の統治体制は変わらず、統治する「お上」が、武士階級から「天皇の官僚」へ変わったに過ぎない。

国民の側も、孤立した島国という特殊な環境にあって、「お上」に統治されることに慣れ、仲間内だけの平和に安住してきた。それはぬるま湯のように心地よいものでもあった。

その結果、「お上」の不始末にも声を上げることを忘れ、「お上」に従順な羊の群れとなった。淋しいことだが、僕も一匹の羊に過ぎない。

ある政治評論家がいっていた。「モリカケ問題に関する政府の説明には、国民の70%が納得できないといっている。それなのに与党や内閣の支持率が下がらないのが不思議だ。」僕らはそんな国に住んでいる。(終わり)
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222 またもやベトナム(2)はかない夢、ダラット
221 またもやベトナム(1)6度目のホーチミン
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219 バンコクの12日間(6)DEATH RAILWAY
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190 カンボジア紀行(4)ホーチミン
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91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
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88 シルクロードの旅(11)「博物館都市」イチャン・カラ、ヒワ
87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
86 シルクロードの旅(9)「愛の町」アシュハバード
85 シルクロードの旅(8)中央アジア最大の世界遺産メルブ遺跡
84 シルクロードの旅(7)未知の国へ
83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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