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ぴくせる日記
21 母の金メダル
2012年8月6日
橋場  恵梨香 橋場 恵梨香 [はしば えりか]

アメリカ生まれ、日本育ちの日系二世。小学二年生から高校卒業まで東京のアメリカン・スクールに在学。2005年にサンディエゴ州立大学アジア研究学部を卒業、そして2008年に同大学にて言語学修士号取得。現在カリフォルニア州のサンタクルーズに住み、サリナスにある公立高校で日本語教師を務める。念願の一眼レフを手に入れ、生活の中の小さな幸せをレンズを通して見つけている。英語のブログはこちら:http://thehungrypixel.tumblr.com
▲ 写真:Annie Tsai Photography
オリンピックが始まって以来、アメリカではテレビでこんなコマーシャルをやっている:

http://www.youtube.com/watch?v=NScs_qX2Okk
(リンクをクリックしてご覧ください)

”The hardest job in the world, is the best job in the world… Thank you, Mom.”
「世界で最も大変な仕事は、世界で最も素晴らしい仕事でもある・・・ありがとう、お母さん。」

表彰台に上がることはなくても、陰で選手をしっかりとサポートしている強き母親たちにエールを送るコマーシャルだ。アメリカ人の水泳選手マイケル・フェルプスがメダルを獲得するたびに、テレビは必ずスタンドで見守る彼のお母さんを写した。母親なしでは、メダルもきっとなかったのではないだろうか。

               ***

うちは、サラリーマンである父、専業主婦である母、そして一人っ子である私の、三人家族である。

セールスの仕事をしていた父は、ある晩、得意げな顔をして「また会社でトップの成績だったよ〜」と言った。父は積極的な性格で、バリバリ働くタイプだ。大手の会社でトップといったら、ちょっと威張ってもいいくらいの成果なのだろう。60を過ぎた今でも、トライアスロンのレースに出てはメダルを持って帰ったりしている。

私は、高校時代演劇が大好きで、演劇部の部長を務めたりし、ステージに出るときの輝かしいスポットライトや観客の握手に思いっきりわくわくした。父と似て、なにかのトップになったり、賞をもらったりすることを積極的に求めた。大学卒業のときはアジア研究学部の「最優秀卒業生賞」を受賞した。

一方、父の妻であり、私の母親である「マミー」こと母は、誰からも成績を付けられることもなければ、賞もメダルももらわない。しかし、今までずっと、目標へ向かってがんばる父と私を必ず「スタンド」から見守ってくれていた。母がいなければ、トップの成績も、賞も、なにもなかったに違いない。

母はシャイで、目立つのが嫌。そして限りなくおおらかで、優しくて、温かい心を持っている。表は強く見せても中身はふにゃふにゃで涙もろい私や父と反対に、母は見た目と違ってしっかりとした、折れそうで折れない強い芯を持っている。泣いた姿なんて、めったに見たことがない。

「Thank you, Mom」のコマーシャルを見て、私は母のことを思った。



実は、今日8月6日は私とパートナーのダスティンの結婚記念日だ。ちょうど一年前、私たちは、インフォネット会員の雨宮さんの素敵なデルマーのおうちで、夢のようなウェディングパーティーをさせていただいた。ダスティンが大阪での六ヶ月の語学留学が決まったのがきっかけで、離ればなれになる前に結婚しちゃえ!と、いきなり決断をし、雨宮さんとトーマスも突然の展開だったにも関わらず大賛成してくださった。しかし準備期間はたったの2ヶ月ほど。この結婚式は、雨宮さんとトーマスはもちろん、音楽を担当してくださった会員の西村さん、(お箸作りでおなじみの!)古賀三郎さん、そしてホセ・スミスさんを含め、多くの方々の温かい、惜しみないサポートで可能となった。

しかし一番近いところで私を支えてくれていたのは、やはり母だった。式の10日前にサンタクルーズへ来てくれた両親は、観光どころか式の準備を手伝わされる羽目となった。「手作り」なイメージにこだわりたかった私は、頭の中ではいろいろなアイディアが飛び交っていたが、実力と現実がとても追いついていなかった。「この色紙は名前入りのバナーのために使いたいの。」「このシャボン玉の容器、つまらないからリボン結びたい。」夜更かしを重ね、私が頭の中で描いていた結婚式を、母は実現に向けてせっせと手伝ってくれた。

ようやく8月6日になり、式の数時間前、家中が最終準備に取りかかっていた。お花を担当してくださった雨宮さんとシーラ・ジョンソン夫人は、朝一番から、家を飾るためのヒマワリや紫陽花や菊の花束を自らの手でアレンジしてくださっていた。ゲストのお土産にはトーマスがお知り合いの農園からラム・ハスというジャンボサイズのアボカドを特別手配をしてくださった。私はそのアボカドに、参加者一人一人の名前を書き入れるという考えがあったが、式のわずか一時間前に実際それを実行してくれていたのはもちろん、母だった。式がもうすぐだというのになかなか準備が終わらず、寝ぐせのままパジャマ姿でドタバタしていた私はかなりストレスが溜まっていた。みんな精一杯にがんばってくれているのに、ありがたく思う余裕さえない。「もうすぐ終わりそう?」と、私は声の苛立ちを隠せないでいた。開始予定時間は午後3時。2時45分にやっと私はシャワーに飛び込んだ。

ドレスを着て、前の日に初めて買ったファンデーションを付け、髪の毛はそのまま。なんとか支度を終えた私は、ゲスト全員がすでに待っている二階へと、どきどきしながら階段を上って行った。

階段の上までたどり着くと、そこには見たことのない世界が広がっていた。各テーブルには数々のアボカドが、名前入りできちんと置かれていた。ひまわりや紫陽花の夏らしい花束は、家中のあちらこちらでぽんぽんと明るい色を放っている。母が作ってくれた「Erica & Dustin」と書いた手作りのバナーは窓際に掛けられており、外から入る光に照らされていた。やっと登場した花嫁へ向けられたみんなの笑顔はまぶしく、なにもかもが白く、きらきらと輝いていた。完璧だった。

式の前に、ゲスト全員にリビングに集まってもらい、自己紹介をお願いした。名前と、私たちカップルとの関係を手短かに説明してもらい、50人以上ものゲストの自己紹介はとんとん拍子に進んで行った。

そして母の番になった。彼女は席から立ち上がった。真珠のネックレスに白いシャツ、そして爽やかな花柄のロングスカートを履き、とても美人だった。専業主婦である母が、こんなに多くの人前に立つことは、今までにあっただろうか。日本に住んでいるためほとんど使うことのない英語で、みんなに挨拶をした。とってもきれいな英語だった。練習しただろうな、と私はふと思った。すると、母の声が詰まった。目には涙が浮かんでいた。あの、泣かない母が・・・「みなさん、結婚式に来ていただいてほんとに、ほんとにありがとうございます。」みんなの前に立ったその短い間、母はやっと陰から出て、スポットライトが当てられたのだった。そのひとときは私にとって、そしてきっと母にとっても、一生忘れない、とても貴重なものだった。

パーティーが始まってようやく、参加していた親友のお父さんが私に問いかけた。

「そういえば・・・花嫁のスピーチってやつは、やらないの?」

「え、・・・スピーチ・・・」私は戸惑った。

日本からのお扇子、日付入りのハーシーズチョコ、そして8月6日を記念して特別オーダーした広島平和記念公園のスティッカーも用意し、全てはきちんとテーブルの上に並べてあった。結婚式のあらゆる面に、木目細かく気を配ったつもりだった。でも、「花嫁のスピーチ」は、準備していなかった。

いいわけを言わせてもらえれば、アメリカでは「花嫁のスピーチ」という伝統がない。しかしここまでたくさんの方の力をお借りして実現したウェディングパーティーだったのだから、あっても決しておかしくはなかった。しかし私は演劇が好きだったくせに即興で話すことはとにかく苦手で、結局、「花嫁のスピーチ」らしきスピーチはないまま、パーティーは終わった。

思い返せば、あれほど式のために、私のために、力を尽くしてくれた母とも、パーティーの間はほとんど言葉を交わすこともなかった。

私の人生一度だけの結婚式は、文句なしの、想い描いた通りの素敵なパーティーだった。でも振り返ってみると、細かいことばかりに捕らわれてしまって、本当に大切なことを見失っていたかもしれない。



今、オリンピックで世界中が盛り上がり、感動している。どの選手の成功の裏にも、汗と涙の努力があり、そしてきっと、母親の愛がある。オリンピック選手にはならなくても、社会に出て仕事をすれば、なんらかの形で評価をされ、そしてその評価があるからこそ、がんばれる場合が多い。父も私も、なにか成果があるごとにそれを報告し、喜び合う。しかし、「母親」という仕事は、少し違う。

結婚一年目の記念日を迎える私は、母への想いや感謝の気持ちを改めて考えさせられている。誰からも評価されることなく、それでも今までずっと私を横から支えてくれた。そして、きっとこれからもずっと支えてくれる。

そんな母に、私はぴかぴかの金メダルを捧げたい。 

世界で最も大変な仕事であり、最も素晴らしい仕事をしてくれている。



ありがとう、マミー。
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