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吉田美智枝
九份（Jioufen）という台湾の街に行った。台北市内から車で５０分ほどの郊外にある山あいの街だ。
昔金鉱で栄え、一度は廃れたこの街に活気が戻ってきたのは、ホウ・シャオシェン監督の映画「非情城市」の舞台となり一躍有名になってからだという。
雨のそぼ降る日だった。ぬれた石畳と階段を、傘を片手に上っていく。食べ物や土産品を売る小さな店が延々と続く。
すべてが飴色に変色したような細い路地に、もの売りの声が高く響く。
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| ▲ 山あいの街だが、実は海にも近い。100年前の家屋をそのまま中国茶の店とした喫茶店で一休みした。昔、海まで石炭などを運んだというトロッコの上にさまざまな中国茶が並べられていた。店の窓からは街並みと海が見渡せる。 |
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旅行から帰って、さっそくビデオ屋に走った。「非情城市」は英語では“A City Of Sadness”。第二次大戦後、台湾のある一家が激動の時代に翻弄されていくさまを描いた映画である。
“日本”を色濃く残す家屋や調度、それらを背景に繰り広げられる中国人家族たちのお茶や食事の風景…それらが渾然と調和していてどこの国の映画なのか不思議な感覚を覚える。
非情という言葉から受ける激しい印象とは違って、悲しみを乗り越えながら生きていく家族の日常が淡々と描かれている。この映画は１９８９年にベネチア映画祭でグランプリを受賞した。
九份の街、台北への帰途にみた港町基隆（Keelung）の街並みは、活気がありながらどこか別の時代を感じさせた。
そして帰国の飛行機の機内で観た台湾映画(タイトルは「慈愛夢」だったと思う）にもまた、古きよき時代の日本映画のようなゆったりとした時間が流れていた。
初めて旅行した台湾のいくつかの街並みは、私が３０年ほど前に暮らしたソウルの街に似ていた。キラキラひかる真新しいビルディングなどあまりなく、南国の街路樹はバンコクの街並みを彷彿させた。
だが、それらの都市とはまったく違う何かがここにはあった。先端を追いかける発展へのあせりのようなものとどこか一線を画す落ち着きとでもいおうか。あるいは、そぼ降る雨がすべてをレトロな空間にカムフラージュしてしまったのだろうか。
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